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日本人はベートーベンの第9が好き! - 2008年12月15日(月)
先週、久し振りにピアノリサイタルに行きました。
ベートーベンの第9を全て聞いてきました。
ベートーベンの最後の交響曲として生まれた「第9」は
正式には
「交響曲第9番 二長調 「合唱」 」 ですね!
第1章~第4章まで約70分・・・
ピアニストは後藤さんという
十数人のオーケストラの音をピアノ1台で
表現できる 日本でも数少ない凄腕ピアニストです・・・
1番~9番まで
一台のピアノで全て弾けるのは
世界で彼女一人と言われています。
ベートーベンの才能の豊さが伝わる
本当に凄い曲だということ
まざまざと魅されました。
それを後藤さんの実力で再現されたステージは
感動的なライブとなりなした。
日本でお馴染みの年末に流れる
「歓びの歌」は 一般的には 第9の第4楽章の事です。
交響曲史上でも画期的な、合唱を伴う交響曲の最終章です。
第9がなぜ?・・・
年末に流れるのか?? ひとつの説があります。
それはオーケストラがなかなか稼げない時代に
年末になると第9を合唱する
合唱団の人たちが
オーケストラを助ける為に
団員が全員でコンサートのチケットを売ってお客さんを呼び
そのお金で年を越せる事ができた・・・
そんな説が有ります。
そのため年末に成ると
合唱団を伴う、第9の演奏があちらこちらで
開催されたそうです。
そのなごりが今でも残っているという事ですね・・・
素晴らしい演奏をするオーケストラでも現実には
お客様が沢山聞きに来ること難しいことですね!
ベートーベンの話に戻りますが・・・
実は第9の制作年月に、31年の歳月を要しました。
23歳の時に第1番を書いてから
第9番が完成したのは
ベートーベン54歳の時でした。
そして
第8番~第9までの間には、何と10年の歳月がかかりました。
第8番まで、余りに素晴らしい
才能に満ち溢れた卓越した曲ばかりでしたので
これ以上の曲はもう書けないだろうと
言われた逸話は有名ですね!
その中で生まれた第9番は
ベートーベンに取っても最後の大仕事になりました。
そして
この曲が始めてウィーンで演奏された時
ベートーベンは既に耳が不自由になっていました。
しかし、耳が聞えなくてもベートーベンは指揮に立ちました。
その時の演奏は歴史に残る素晴らしい演奏会となり
ウィーンの大観衆から熱狂的な喝采を受けました。
ヨーロッパでは最高峰の皇帝への喝采でさえ3回のアンコール
までが慣例である訳ですが・・・
この時は、異例の4回のアンコールに会場が沸いていました。
その時の模様、何か想像できるような気がします・・・
それに気づかない、耳の聞えないベートーベンは
アルトの歌手に手を取ってもらいながら
観客の歓喜に答えていたそうです。
歴史が動く瞬間には
壮大なドラマがあることを
演奏を聴きながら感じることができました。
まだ第9を全て聞いた事がない と言う方が
おられましたら
どこかで機会が御座いましたら
第9を4楽章まで全て聞いてみてください。
感じる事沢山有るかと思います。
神藤啓司
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